「自分の感受性くらい」

昨年くらいから、茨木のり子さんという一昨年に亡くなられた
詩人の言葉をネット上で読み漁っている。とても良い刺激になります。

今日はその中のひとつを紹介。

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ぱさぱさに渇いてゆく心を
人のせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

~茨木のり子「自分の感受性くらい」

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戒めのようでいて、愛にあふれている詩ですね
染みるぜコノヤロ。こんばんわ、センチメンタル・ワタルです

今日はMOTION BLUEで菊地威くんの2ステージだった。彼が
歌いながら思わず涙を流した曲があった、表現者って常々孤独と戦ってる
その強さと弱さが、その涙に顕れてた。俺には美しいものにも、不恰好なものにも
感じられたけれど、ウソのない不意の涙を見ると、心の中がどわーーーってなりますね。

あの感覚は、「共感」とかではなく「共鳴」だと思うんだな
喜怒哀楽でも肯定でも否定でもない、ただ反応して気持ちがそこに
持っていかれる感じ、「共鳴」って言葉の響きはスピリチュアルにも聞えるけど
きっと誰もが持つシンプルでものすごく原始的な感覚だと思うんだよな・・・

不思議。

ともあれ、たけしおつかれ!!

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