やっと4輪車の運転免許取得しました
当初の予定よりも、約1月半近くもオーバーしてしまいましたが、なんとか。
はっきり言って、俺はこのまま免許を一生取ることができないんじゃないか?と
試験結果発表の瞬間までは思ってた。そのくらい弱気だったわけ、本当に。
俺と免許をめぐる長い過去を、記録としてここに記してみようと思います。
――――――――Licensing Wars ――――――――
この戦いが始まったのは、ワタルが19の夏。6年前にさかのぼる。
留学先だったアメリカの田舎町で、まずAT免許を取得。
向こうは安くて簡単に免許がもらえるからだ。
俺に運転を教えてくれていたジジイは、なんと空軍の司令官を兼任している(!)
らしくコソボ空爆が始まったころに、指揮を執りにいくとかで途中でいなく
なってしまった。しかし、免許は無事取れた。日本でも運転できる
ように国際免許も申請して帰国。・・・ここまでは良かった。
episode1
episode2
日本に帰ってくるとなにかと暇がなく、とりあえず1年が経過して国際免許が失効。
残るはワシントン州のライセンス。これだけでは、アメリカ国内でしか運転が出来ないため
日本の免許に書き換える必要があるのだ。そのためには免許センターで運転実技の
一発試験を受ける必要がある。まー期限まであと3年あるしなぁ~いっか~。
episode3
大学卒業、音楽活動開始。日増しに忙しくなるスケジュールと、近づいてくる
アメリカの免許の期限。気付けば、あと2ヶ月というところまで迫っていた。ヤバイ!
ペーパー・ドライバー全開状態なので、まずは外国免許切り替えのための講習を
受けに教習所に通った。そして早速、二俣川の免許センターへ。
受け付けに呼ばれて、必要書類を提出する。いよいよ試験か・・・と思っていると
「期限までに試験の予約が埋まっているため受けられません。アメリカで更新を
すれば別ですが・・・。」と、言われる。一瞬動揺して心に魔がさしたけど
それは当然、スケジュール的に無理な選択肢であった。
ワシントン州の免許、失効。
episode4
あれから2年。仕事帰りの始発の電車で、高校のときの先輩に出会う。
話をきくと、教習所の事務をやっているとのこと。・・・過去の古傷がうずく。
免許・・・その言葉は俺にとっては甘く、そして苦く響く禁断の言葉だ。
その後、スケジュールが落ち着いてきた6月中旬になって彼女に電話をかけた。
今しかない!と、敗れた過去は全て葬って、教習所に通う決意をする。
自動車学校入校。仮免、卒険は一発合格。もう背水の陣なんで。
ここで、大学卒業後いかに自分の生活が頭を使わないものであったかを知る。
学科教習で講義を聴くだけでものすごく疲れる。字もまともに書けない。
普段楽器を弾いたりしている時には、使わない脳を使う感覚だ。
非日常的な刺激と疲れに、俺は日々グロッキーであった。
普段社会人として、SEやサラリーマン・OLをしている友人達にその話を
すると不思議がられた。講義は面倒には違いないが、普段仕事でこの程度のことは
慣れているから・・・みたいな口ぶりだった。やっぱり、ミュージシャンとかは
周りの社会人に比べたらだいぶおかしいのかもなって思った。
episode5
教習所を卒業したあたりから、ちょうど木村大くんのツアーが始まったこともあって
最後の学科試験になかなか行けないまま、どんどん忘れてゆく交通ルール。
朝まで勉強をしては、また日にちが1週間程あいて忘れ・・・の繰り返し。
記憶力の衰えをまじで感じてしまって、ちょっと不安になってくる。
ひょっとして、俺はこのまま免許が取れないんじゃないか。
試験が年々難しくなる一方、年々衰えていく自分・・・
そして先週臨んだ試験の結果・・・87点。
やっぱだめだー!俺はだめだー!
免許も取れない25歳・・・
ひょっとして俺は・・・
一生免許が・・・
ワーン!!

・・・・とかなり弱気なまま臨んだ試験2回目であったが、なんとか通った。95点!
電光掲示板に俺の番号が出たときは、クラッときた。このまま死ぬかと思った。
近く、今までの免許画像を一挙公開予定なり。